ブログのつくり方など(無料特典)

永遠に終わらない負の循環・・・自信のないブログ書きは気がつけば山登りだった・・・

 

こんばんは、郁です。

コツコツのブログ書きを続ければ、気づけば高いところに・・・

そんなことについて書きます。

コツコツとネガティブな感情の大切さ

記事を書き続けのには不安がつきもの・自信がなくて良い・・・

記事を書くにあたって、こんなもの投稿して良いのだろうか・・・

こんな内容書いて意味あるのだろうか・・・

という気持ちに、よほど書くことに自信がない人以外は、

こんな感情に陥ってしまうことはありませんでしょうか・・・
(→以前にも書きました、投稿ボタンと下書き削除ボタンしかなかったらについて)

まあ、そういった時は、

ほぼ、100%、勝手な苦手意識が作用しており・・・

そして、もったいなくも・・・

書いた内容がボツになってしまうことが多いのです・・・

これ投稿して良いのか・・・

悩んだものほど、価値があったりですね。

つまりは、

本音に近いから暴露して良いのだろうか・・・
さらけ出して良いのだろうか・・・

と悩むのだと思いますが、

でも、そんな記事こそ、読む側は面白いのです・・・。

むしろそれを求めており・・・

当たり障りのない、しごくまっとうなことを書いてあっても、印象に残りませんし、

インパクトに欠ける・・・

投稿に悩む記事ほど面白いという事実です・・・

ブログ書きは山登りみたいなところがある

ブログじたいが山のぼりみたいなところがあるのです。

いちばんはじめの投稿、

というのは、

やっぱり恥ずかしもので・・・

わたしも一番はじめの記事を読み返すのは少し背筋がぞっとするのですが・・・

それでも、コツコツ書き始めてみるのです。

はじめは低い位置からスタートした山登りのようなブログ書き、

最初はまだまだ、体力に余裕があって、

いきおいもあって・・・

これ案外いけるんじゃないか、と思ってしまったり・・・

途中で急に勾配がきつくなって、めげそうになって・・・

ああ、もう降りようかなって・・・

ですが、どんな記事でも投稿し続ける、

つまり・・・

>>>山を登り続けるのです。

登るのをあきらめそうな時・・・

やめそうな時の人間心理は勝手思い込みが作用されることがほとんどで・・・

こんなブログはダメだと、

それが生みの苦しみなのですが・・・

書いている人側の勝手な思い込みの場合がほとんどなのです。

まあ、これは、ブログ記事を書くにあたって・・・

私も考えやすい・陥りやすい感情。

「つまりは、良いことを書かねばいけない・ポジティブなことを書かねばいけない」

という、思い込みがあったりするのです。

ですが、人というのは常に良い時ばかりではありません。

ブログ全体にコントラストが出てくる

つまりは、良い感情の時、ポジティブで元気いっぱい、もうこころの状態もばっちりで、書きたいこと山ほど、

伝えたいこと山ほど、

そんな時はなんでも綴れる・・・

読む人がどう思うかはわかりませんが、書く側は自信満々で記事を投稿できる時があります。

怖いものなしの時・・・

ですが・・・

それだけではダメなのです・・・。

いや、別に良いといば良いのですが、

ずっとそれをできる人っていますか!?

「生みの苦しみもない人の自信満々のブログなんかみて面白いでしょうか・・・」

できればすごいんでしょうが・・・

何にも躓かずに、ずっと記事を書き続けることができる・・・

そんな人いるのでしょうか・・・?

落っこちた時ほど綴る意味

山登りのたとえで話しておりますが・・・

例えが山登りでなくても、

生きていれば普通に落ち込む時はあります・・・

ですが、だいたい、そういった時は、
どうしますか?

ふて寝したり・・・

好きなことをしたり・・・

美味しいものを食べたり・・・

話して楽になる人もいるかもしれません・・・

そうすると、自然に回復しています。

まあ、いつの間にか、元気に戻ってきたりですね。

生きる上では、これで良くて、自然のままに、

回復にまかせて生きる。

それでまったく問題なくて、いや普通で、あたり前なのですが、

 

ブログの時、挫折しそうになった時、

その時ほど、

負の感情を書いておくことが大切なのです。

なぜか、

人は負のスパイラルに落ちた時、

そこから戻った時、

けっこうきつかった時の感情を忘れてしまう生き物です。

それは、人が生きる上での仕組みといいますか、
嫌なことは忘れないと生きていけないところもあります。

ですが、

ブログ書きにおいて、

その時、落っこちた時、

しんどかった時の感情を残しておくことが大切なのです。

それは、先ほども書きましたが、

ブログ全体を通して、コントラストが生まれる、

明るい時の感情もあれば、

堕ちて、

暗い時の感情のある、と、

そして、物を語る上で、

忘れがちな大切な部分なのですが、

それは、

映画やアニメ、小説などでも、

惹き込まれる作品というのは、

必ず、絶対絶命のピンチがあります・・・。

面白い作品ほど、

堕ちた時、(体験談としてのビフォー

乗り越えた時、(体験談としてのアフター

の凋落の差が激しい方が面白いのです。

ですので、

読者の方に、

堕ちた時の感情を届けるというのは、ブログ書きで大切になってきます。

「ブログにコントラスト」を出すという意味でも、

そして、

良くない時の感情というのは、先ほども書いたように、

人は忘れがちで、

そして、リアルで、

その時の感情に戻ることはできないのですね。

思い出して書くのと、

本当にその時に感じている感情を綴るのとでは、

文章から伝わってくる感情も異なります。

人ですから、

堕ちてしまう時もあります。

 

ブログ書きも一緒です。

書きたくない、書く自信がなくなった、

こんなこと書いて意味があるのか、

そういったネガティブな感情の時こそ、

綴って残す。

むしろ、

「感情が堕ちた時ほど、赤裸々で生々しい感情を綴ることがでる。」

ありがとうございます、と、

そうなれば、しめたものだと・・・

ブログ書きが山登りになる時、

そうして、

投稿に迷い、

記事書きに迷い、

いつしか、

もうやめてしまおうかと、

そこまで

堕ちて、

でも続けて・・・

そうなって、

登り続けて、振り返った下は、

いつの間にか、山の高さも景色も変わっていたことに気づくものなのではないでしょうか。

堕ちた時の気持ちを人は忘れてしまいがちです。

だからこそ、

堕ちた時の気持ちは大切で、

書かないともったいないところがあるのです。

 

堕ちた時ほど、ブログが面白くなるチャンス、

そう思えばしめたものなのですが、

でも、人は、弱く、

私も弱く・・・

やっぱり、体調が悪いのと一緒で、

嵐が過ぎ去るのをただじっと待ってしまうのですが・・・

 

ああ、あの時の感情、

例えば、仕事で嫌な思いをした、

ああ、悔しい・・・

血涙を流した時の感情を、

じゃあ、あの時を振り返ってなんとなく書けますが、

リアルで生々しい感情には戻れないのです。

 

ですので、

人生堕ちた時ほど、ブログ書きでは、

記事が面白くなる、しめたもの、と。

 

重力の法則です。

 

浮いたものは必ず落ちるのですから、

その時に感情を残せる時こそ、チャンスと思って、

ぜひぜひ、

必ずしもポジティブ前向きな感情だけを書く必要ないのです。

そんなブログは読んでいて胸やけしてしまいます。

終わりがわからなければ、

「続きます・・・」で終わって良いです。

むしろ、続きがあることほど、

気になったりしますね。

ですので、

ブログ記事に完璧をもとめて書く必要はなくて、
堕ちた時の感情ほど大切にしていただければ、と、思います。

→スランプになった時の脱出方法はこちらです。

ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました。

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